淡路手延べそうめんの歴史

淡路手延べそうめんの歴史について

淡路手延べそうめんの歴史は天保年間(1830~1843年)に遡ります。

福良の漁師、渡七平は伊勢参りからの帰り、三輪地方でそうめん作りを見かけて、その魅力にひきこまれました。

ただ食べるだけではなく、そうめんの製法を会得したいと考えた七平は、2年間三輪でそうめん作りの修業をします。

そして習得した技を福良に持ち帰り、漁師たちに伝えたと言われています。

そうめん作りに適した気候風土のおかげで、明治中頃には製麺業は漁師たちの冬の副業として発展していきました。

福良が関西圏、四国に繋がる海の交通に便利な立地にあったことも、淡路手延べそうめんの生産を後押し、明治後期には各地の博覧会などに出品して高い評価を得るようになります。

製造者の増加に伴って組合が立ち上がりますが、戦時中の食糧統制によって播州の手延べそうめん組合に併合されるという不遇の時期もありました。

併合が解除されて2年後の昭和29年から、淡路手延素麺協同組合として現在に至ります。

戦時における減産と播州への統合、他産地の攻勢などで、淡路手延べそうめんを作り続ける製麺所は減ってしまいましたが、昔ながらの手延べ製法にこだわった本物の手延べそうめんを今も守っているのです。


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